様々な記憶と経験

 

過去を振り返ると、『今をとても想像できなかった』と実感する。

勿論、先のことなんて分からなくて当然だけど、それとは違う意味、とても良い意味でこう言う風になるとは思ってなかった。

 

「自分に自信のあるところは?」と聞かれたら真っ先に思いつくのが、”人に無理だと言われたことも自分がやりたいことは全てやり遂げてきたこと”だと思う。自分がしたいことは、人にどう言われようがやってきた。

 

それで嫌われようが皮肉を言われようが、自分のしたいことをしているという喜びに勝るものはなかったので別に良かった。私自身も、一緒に向上できる人を好んだ。自分の人生だからより良いものにしたいのだ。

 

そもそも、そこで失ってしまうなら、私の”何か”では無かったのだと思う。

この気持ちの持ち方でもやりきれなかった事があるくらいだから、もっと積極的に行きたいと思っている。後悔のないように。

 

「人生で後悔したことは?」と聞かれたら、真っ先に思いつくのが猫のこと。

小さい頃に飼っていた猫がいて、病気にかかってしまった。

(以下猫の名前は伏せて)

 

しかも余命までつげられてしまった。もう病院に連れて行っても意味なかったけど家族と何度も病院に連れて行った。

母は健康を考えて餌を色々工夫していた。私は目の前からずっと仲の良かった

猫がいなくなるなんて信じられなかった。

だけど苦しそうにしてる猫を見て、その時ちょうど出た大塚愛さんの「ネコに風船」を聞いて、これだと思った。

その猫はもともと捨て猫だったし、このタイミングで出た曲だし、すぐCDを買って、速攻で覚えて毎日猫に歌った。

 

そしたら目の前で座ってじっと見て聞いてくれた。

泣いてる時もにゃーと隣に座ってくれるような猫で、

帰ってきたらサッと隠れていきなり足を掴んで脅かしてきたり、

私が当時よりもっと小さい頃、勝手にかくれんぼをしだして、いなくなったと思い号泣してたら隣ににゃーときたり、

本当に可愛くて大好きだった。

 

言われた余命以上に生きてくれてた。

苦しそうにしていても、また次の日会えることが多くなって少し安心してしまった。

とある日また猫が危篤状態になって深夜家族で囲んだ。少しおさまって、父にもう寝なさいと言われ、大丈夫だと言われ、信じて寝た。

朝起きて駆け寄ったらもういなかった。

ずっと隣にいれば良かったと思った。

どうなるかはわからないけど、一緒に寝ればよかった。明日も会える、幸せなことだけど、怖いことだと思った。

 

 

あとの後悔といえば小さいことが多い。

青春を青春と気付かなかった時期のこととか、気になってた人に話しかければ良かったとか...。

 

本当に振り返ると色々なことがあった。

 

経験は財産だなと思う。

人は自分の経験でしか物を言えないという言葉があるけど、納得する。

自分より年上で物凄く幼い人だってたくさんいる。

年齢と精神年齢は別物で、そればかりは、仕事とかそういう”外的なもの”で隠しきれないのだなと思う。

どんなに繕ってもふとした時に出てしまう、そこが本質で、『その人』なのだと思う。

 

色々な情報に惑わされないように、私は自分をしっかり保ち成長していきたいと思った。

 

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